先日買った本の中身で非常に腑に落ちる表現がありました
勝ちに不思議の勝ち有り
負けに不思議の負け無し
これはどういう事かというと
サッカーで例えると、格上のチームと対戦し勝てる可能性が明らかに低い試合でも
不思議と勝てる場合がある。
もしかすると相手の不調があったり、予期せぬ怪我でエースが抜けたり
こちらのチームの問題でない理由で勝てる場合がある。
まぁスポーツをやっていた人なら一度はこういう経験しているかもしれません。
しかし大事なのはここから。
負けには不思議の負けは絶対有り得ないのである。
格下相手に負けてまさかとか
たまたまとかはまず無い。
負けるべくして負けている。
結局はこちらの準備不足なのである。
個人的な話でいうと、弊社の前期決算は創業以来初の減収減益だったわけですが
これは成約率が下がったとか、政治とか外部環境、社員が減ったとか士気が下がったとか
色々言いだすとキリはないですよね。
こんなのは全て経営者の責任であり、人材育成不足・目標設定の見誤り・集客
色んな要因があって社長の責任な訳です。
ただ、負けをいつまでもうだうだ言ってても勝ちには転換しない訳なので
切り替えが肝心ですよね。
しかしながら易々と負けを「受け入れる」人間にはなりたくはなく
「受け止める」に留めておきたいもので、いや何が違うねんと思う方もいらっしゃるかと思いますが
これは意味が全然違います。
受け止めるは、自分の体の外側で止めるイメージです。
受け入れるは自分の心で容認しちゃってる感じでしょうか。
犯罪者の心理を受け入れる人なんて普通いませんよね。
動機があればとりあえず受け止めてあげる事ぐらいは出来ます。
これを今の若年層に置き換えてみると
退職代行だって自分に負けてます。
AIが彼氏彼女だなんてリアルの世界から逃げた最たる問題です。
(十数年後ならそういう世界がくるかもしれませんが)
運動会で3チームあって、全員頑張ったから全員が勝ちです~なんて義務教育でやりだしたら将来勝つ気なんて生まれません。
だから負けた時に悔しくもなんとも思わなくなるんです。
これは負けた人のケアの為の考え方なので、たしかにどんまい精神は大事だと思いますが
勝った人を讃えてあげることで、次は勝とうと芽生えるもんだと思います。
僕は一貫してこの考え方は曲げないので
サッカー好きの小三の息子も最近やっと理解してきて、勝つ人がいれば一方では負ける人もいる。
がやっとわかったようです。
日本の国民主権の代表事例で
選挙だって負ける人がいれば勝つ人がいる。
だから勝ち負けは明確に。